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悟りの境地・人間は神そのものの意識になれる

私たち人類は、みな愛を欲しがります。


なぜ愛を欲しがるのかと言うと、私たちはみな究極の愛を潜在的に知っているからです。
お金を求めるのも、仕事に没頭するのも、酒に溺れるのも、全部愛が欲しいがゆえの行動なのです。
私たちが追いかけているものは、すべて愛の代理なのです。
私たちが究極的に求めているものは、神の愛以外にはないのです。

求め続けてきたお金やものを例え得ることができたとしても、やがてそれだけでは心は満たされないことに気がつきます。
そういう人たちは、常に「何かが違う、何かが違う…」と考え、真剣に真実を求め始めます。
「これも違う、これも違う…」と消去法で探し求めていきます。
そのような人たちが、私の所にたくさんやって来ます。

過去の宗教家の多くは、「今あなたは満たされていませんね。それを解決するにはこの教えを学びなさい」
というような導き方をしていました。
しかし、私のやり方はそれとは違います。
私の場合は、より美味しいものを見せ続けるのです。
そのことによって、「今までのものは大したことがなかったんだ!」と気づかせてあげるのです。
「もっと美味しいものがあるよ」と言って食べてもらい、
「あれ?こっちのほうが美味しいんだ!」と自分で気づいてもらうようにしています。

今握っているものを手放す最良の方法は、より価値のあるものを知ることです。
大切そうに小銭を握っている人からその小銭を手放させる方法は、百万円の札束を与えてあげることです。
そうしたら、小銭を手放して札束を手にすることでしょう。
「手放せ」と言ったら抵抗がありますが、より良きものを見せられれば抵抗はありません。
「あの人はひどい人だから早く別れなさい」と言われてもなかなか別れられませんが、
何倍も魅力的な人が目の前に現れたら、別れることが簡単にできることでしょう。

本当は、真我は何ものとも比較の対象にならないくらい価値のあるものなのですが、
人はその価値を自分が知っているものと比較するしか判断する術を知りません。
ですから、他のものと比較させてあげるしかないのです。

現代人が抱えているもう一つの問題は、現代人は味覚そのものが麻痺してしまっている可能性があるということです。
まずいものに舌が慣らされてしまっているのです。
まずいものでさえも美味しいものだと洗脳されている場合があるのです。
その洗脳をどのように解くか、その流れをどう立ち切るかということが、これからの私たちの課題でもあるのです。

例えば、麻薬に溺れている人に「麻薬よりも良いんだよ」と言ってもそれだけではなかなかわかりません。
本来、酒や麻薬は体に良いわけがないのですが、その味に慣れてしまっていて、自然の感覚が麻痺してしまっているのです。
そうなると、いくらもっと素晴らしい味があると言ってもなかなかわからないのです。
その自分の味覚を基準にしてしか考えないからです。

強烈に宗教団体に洗脳されている人も同じです。
そういう人には、ちょっとやそっと話をしても、絶対に洗脳は解けません。
「ここでこう言えば、相手はああ言うから」というように教え込まれていますから、何を言ってもダメなのです。
完全に洗脳を解くためには、その団体から何日間か遊離させて、そのために徹底的に取り組むしかありません。
そこで今まで植え付けられた価値観を壊していくしかないのです。


42)「心という土砂を掘り起こして黄金の真我に辿りつく」を読む




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