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悟りの境地・すべての行為は自分を知る働きである

真我を開いた人の書いた「神の詩」


これから紹介する詩は、私の講座の中で真我を開いた人たちが書き綴ったものです。
真我の愛、神の愛を体感するとこのような心境になるのです。
あなたが真我を引き出すための呼び水になることを願っています。


「神から見た自分」


肉体が自分だと思っていた私。自分は自分、自分と他人はあかの他人、何の繋がりもないと思っていた私。
どうすればいいのかわからず途方に暮れていた私。寂しくて寂しくて涙に暮れていた私。
どうすればいいのかわからずに途方に暮れていた私。
でもそれは大きな勘違いであることがわかった。
この世の中に神によらずしてできているものなど一つもないのだ。
神の目には、自分、他人、私、あなたの区別などないのだ。
全ては一つのものからできている。それは神であり愛であるのだ。
私は愛だったのだ。だから、愛されたいと思うのだ。
だから、人の愛に触れる時、自然と感激してしまうのだ。
その時、愛と愛で二つのものが一つになっている。
何とも言えない温かい気持ちだ。
私が愛の言葉をかける時、愛の言葉が返ってくる。
愛に基づいて行動する時、やはり愛のお返しが返ってくる。
この世は愛でできている。
私もあなたもそれもこれも神の愛。
素材に人の愛の力を加えた時に出来上がる。
動物も植物もただそこにいるだけで愛を振り撒いている。
そこには何の答えもいらない。
ただ私はここにいるだけ。
あなたがそこにいるだけ。
憎しみも悲しみもまだ愛の広さ深さが狭く浅いだけ。
もっともっと高い位置から見れば、それもこれもみんな愛の一部だ。
私は自分が愛であるのに、それに気づかなかった。
愛の中に包まれているのにそれに気づかなかった。
全てが優しく包み込んでいる。悲しみも怒りも喜びも何もかもが愛の裏返しだったのだ。
父も母も、私が憎しみを覚えた人も、冷たい仕打ちをした人々も、
みんなわざわざ憎まれ役を買ってくれた慈悲深い人々なのだ。
ありがとうみなさん。ありがとう、こんなわがままな自分に関わっていただいて。
今度は私が愛をお返しします。
私は愛の固まりだからです。
ありがとうございます。


48)「「神から見た両親」」を読む


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